二者間交渉ゲームにおける交渉解の比較

はじめに

本記事では、二者間交渉において、交渉解として著名な、ナッシュ交渉解、カライ・スモルディンスキー解、均等解(カライ解)を紹介する。

注意書き

カライ・スモルディンスキー解および均等解は、二者間交渉の場合と、三者以上による交渉の場合で、満たす公理が異なる。本記事では、 二者間交渉における カライ・スモルディンスキー解、均等解について紹介する。

二者間交渉とは

二者間交渉とは、文字通り、二者間で行われる交渉である。 二者間交渉では、合意案候補の集合から、交渉によって合意案が一つ決定される。

例えば、 太郎花子 がどこで夕食を食べるか交渉する時、合意案候補集合 サイゼリヤ洋麺屋五右衛門吉野家 から、交渉によって合意案として どれか一つを選択する。この時、太郎花子はそれぞれ、自分自身の効用が最大になるように交渉を進める。

「効用」というのは、例えば、太郎から見て「サイゼリヤは80点、洋麺屋五右衛門は60点、吉野家は90点」などの「合意案候補に対する満足度」である。また、「与えられた合意案候補に対して、ある交渉参加者から見た満足度を返す関数」は「効用関数」と呼ばれる。

交渉解とは

交渉解とは、二者間交渉において最も合理的な合意案を導出する方法・ルールを指す。 つまり、ある特定の交渉解に従って合意案を選択することで、合理的な合意案を決定することができる。

しかし、この3つの交渉解それぞれにおいて「合理的な合意案」の定義が異なる。 つまり、3つの交渉解において、どのような公理を満たすべきかがそれぞれ異なる。 それぞれの交渉解が、二者間交渉においていずれの公理を満たすかを、以下の表に示す。

公理1 公理2 公理3 公理4 公理5
ナッシュ交渉解(1950) ×
カライ・スモルディンスキー解(1975) × ×(※1)
均等解(1977) ×(※2) ×

※1 カライ・スモルディンスキー解は、単調性は満たさないが、限定単調性を満たす。 ※2 均等解は、パレート最適性は満たさないが、弱パレート最適性を満たす。

ナッシュ交渉解が満たす公理1~4と満たさない公理5

ナッシュ交渉解(Nash bargaining solution)とは

ナッシュ交渉解とは、各交渉参加者の効用の総乗を最大化する合意案候補を合意案とする、ナッシュが導出した交渉解である。 公理1~4を満たす唯一の交渉解である。

かみ砕いて説明すると、AとBが参加する二者間交渉において、AとBの獲得するスコアの積を最大化する合意案候補を合意案とすれば、公理1~公理4は必ず満たされる。また、公理1~4をすべて満たす交渉解はナッシュ交渉解の他に存在しない。

以下の図でいえば、原点と合意案候補を頂点に持ち、X軸とY軸を辺に持つ長方形の面積が最大になるような合意案候補が、合意案として選ばれる。 実際、合意案が成す長方形(赤色)の面積は、それ以外の合意案候補が成す長方形(緑色)の面積より大きい。

コラム: 「ナッシュ均衡とは関係があるんですか?」という質問をいただくことがある。ナッシュ均衡とナッシュ交渉解は別々の概念ではある。しかし、「非協力ゲームを何かいい感じに協力ゲームへ近似すると、ナッシュ均衡とナッシュ交渉解は同一になる」ということをナッシュが証明している。サラっと書いたが、めちゃくちゃすごいことである。

検索をすると「ナッシュ均衡」に関するtweetは山ほど引っかかるけど、やはり「ナッシュ交渉解」はほとんどない。協力ゲームの代表的な解概念となり、公理論的な特徴付けの走りとなったこちらも、実はノーベル賞級の業績。Google Scholarによると、引用件数はどちらも7000件台。

— 安田 洋祐 (@yagena) 2015年5月25日

奇跡的な両論文を二十歳そこそこで書いてからわずか数年後に、具体的な交渉ゲームを通じて協力ゲームの「ナッシュ交渉解」を非協力ゲームの「ナッシュ均衡」として説明したーつまり、バラバラのアプローチであった両分野を繋いだー「ナッシュ・プログラム」も特筆すべき業績。やっぱりナッシュすげぇ…

— 安田 洋祐 (@yagena) 2015年5月25日

すごいことである。

詳しい解説は金沢大学の半沢英一先生の講演資料の18章前後に記載されている。

公理1: パレート最適

その交渉解が導出する合意案がすべての交渉空間においてパレート最適である場合、その交渉解はパレート最適性を満たす。

かみ砕いて説明すると、「パレート最適性」とは、決定された合意案と比べて、「お互いが損をせずに、少なくとも一方がより得をする」合意案候補が存在しない性質を指す。

公理2: 正アフィン変換からの独立性

すべての交渉空間において、交渉空間に対して正アフィン変換を行っても合意案が変わらない場合、その交渉解は正アフィン変換からの独立性を満たす。

例えば、ナッシュ交渉解は公理2を満たすため、以下のように交渉空間に対してアフィン変換を行っても、ナッシュ交渉解は同一の合意案候補を合意案として選択する。

公理3: 無関係な他の合意案候補の候補からの独立性

すべての交渉空間において、交渉解によって決定された合意案以外の合意案候補を交渉空間から取り去っても、合意案が変わらない場合、その交渉解は無関係な他の合意案候補の候補からの独立性を満たす。

かみ砕いて説明すると、「無関係な他の合意案候補の候補からの独立性」とは、合意案じゃない合意案候補を交渉空間から消しても合意案が変わらない性質を指す。

公理4: 対称性

すべての交渉空間において、交渉参加者を入れ替えても、ある交渉解が元の合意案に対して対象な合意案候補を合意案として選択する場合、その交渉解は対称性を満たす。

かみ砕いて説明すると、対称性を満たす交渉解は、交渉参加者のAさんとBさんの立場を入れ替えても、対称な合意案候補を合意案として選択する。

公理5: 単調性

すべての交渉空間において、交渉空間に新しい合意案候補が加えられたことで合意案が変更されても、交渉参加者のいずれも損をしない場合、交渉解は単調性を満たす。

ナッシュ交渉解はこれを満たさない。 たとえば、以下の例では、新たに追加された合意案候補が新たに合意案として選択されるが、この場合はBの効用は減少してしまう。

カライが目指した単調性の実現

交渉解が単調性を満たさない場合、後出しで追加された合意案候補のせいで、誰かが損をする場合が出てしまう。一般に、後出しで出された合意案候補が採用されて損をした人間が良い気持ちになるとは思えない。絶対に殴り合いになる。少なくとも、私の地元はそういう街だと思う。

カライは、ナッシュ交渉解が単調性を満たさないことを指摘し、1975年にカライ・スモルディンスキー解、1977年に均等解(カライ解)を提案した。

カライ・スモルディンスキー解

カライ・スモルディンスキー解は、二者間交渉において、「公理3: 無関係な他の合意案候補の候補からの独立性」「公理5: 単調性」以外の3つの公理と、「限定単調性」を満たす交渉解[2]。個人効用÷最大効用の比率が交渉参加者間で最も均等になる合意案候補を合意案とする。限定単調性を満たす交渉解は、各参加者が交渉中に獲得できる最大の効用の組(理想点)が同一である場合にのみ単調性を満たす。

[2] Kalai, Ehud, and Meir Smorodinsky. "Other Solutions to Nash's Bargaining Problem." Econometrica 43, no. 3 (1975): 513-18. doi:10.2307/1914280.

均等解(カライ解/Egalitarian solution)

均等解は、二者間交渉において、「公理1: パレート最適性」「公理2: 正アフィン変換からの独立性」以外の3つの公理と、「弱パレート最適性」を満たす交渉解[3]。最も得られる効用が低い交渉参加者の効用を最大化する合意案候補を合意案とする。一番損をする参加者ができるだけ損をしないようにしてくれるため、一人負けが発生しにくい平等主義的な解。

[3] Kalai, Ehud. "Proportional Solutions to Bargaining Situations: Interpersonal Utility Comparisons." Econometrica 45, no. 7 (1977): 1623-630. doi:10.2307/1913954.

パレート最適性とは

ある交渉解が選択した合意案から見て「参加者全員が同時により得をする合意案候補」が必ず存在しない場合、その交渉解は弱パレート最適性を満たす。

ナッシュ交渉解と均等解の比較

  • ナッシュ交渉解は当事者の効用の積を最大化する一方で、均等解は当事者の効用の最小値を最大化する。このことから、ナッシュ交渉解はより功利主義的であり、均等解はより平等主義的といえる。
  • 交渉空間に新たな合意案候補が次々に追加されていくような状況では、単調性を満たさないナッシュ交渉解による合意案の選択は争いを招きかねない。
  • 逆に、交渉空間が変更されない状況下では、単調性は意義を失う。そのため、パレート最適性を満たさない均等解は用いるべきではないといえる。

なお、より詳しい分析・比較は、本記事では扱わない。本記事の位置付けは、あくまでそれらへの足がかりとする。分配的正義(配分的正義ではない)の話とかも出てきてややこしいので...

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